『キッチン・コンフィデンシャル』を読んで
「月曜日には魚料理を食べるな!」
この衝撃的なキャッチフレーズに惹かれて、私はアンソニー・ボーデイン著『キッチン・コンフィデンシャル』を手に取った。
この本は、アメリカの料理人であり著者自身であるボーデインが、1970年代から1990年代末までに体験した厨房人生を赤裸々に綴った自伝的エッセイだ。
読み進めるほどに、一般的な「料理人」のイメージとはかけ離れた、破天荒で混沌とした世界が広がっていく。
ファーストコース:シェフを目指す少年の挫折
物語は、著者の幼少期の体験から始まる。初めての牡蠣、初めてのフランス料理。そんな「食」の記憶が彼を料理の世界へと誘っていく。
やがて料理学校に通い始め、プロの道を歩み出すものの、現実は甘くなかった。最初にぶつかる壁、厨房の厳しさ、そして自分の未熟さに打ちのめされる挫折。
だが、その痛みすらも彼の成長の一部になっていった。
セカンドコース:恩師との出会いと「流れモノ」の日々
やがて彼は、シェフの本質を教えてくれる恩師と出会う。しかし、まだ若かった彼は腰を据えることなく、転々と職場を渡り歩く「流れモノのシェフ」となる。
いく先々で出会うのは、問題だらけの店やどうしようもない同僚たち。料理人の世界は華やかさとは無縁で、まるで犯罪者の巣窟のような厨房も珍しくない。
読者としては、まるで映画のような非現実感さえ覚えるエピソードが連続するが、それこそが彼のリアルだった。
サードコース:薬と借金、そこからの再起
一時期は薬物と借金にまみれた人生を送っていた著者。そこから這い上がり、繁盛店のシェフに返り咲いたものの、金の誘惑に負け、またしても質の悪いレストランに手を染める。
厨房という戦場に戻った彼が体験したのは、理想とは程遠い日々。それでも、料理への情熱だけは捨てられなかった。
デザート:変人だらけの厨房と、現在のリアル
現在の彼は、変人スタッフに囲まれながらも、ある意味では安定した厨房生活を送っている。
一日のスケジュールは過酷で、スタッフたちは個性派揃い。それでも料理を作り続けるのは、そこにしか味わえない「快楽」があるからだ。
コーヒーとたばこ:尊敬するシェフ、そして東京での冒険
終盤には、著者が心から尊敬するシェフたちが登場する。その姿は、これまで描かれてきた酷いレストランとは一線を画す存在だ。
「月曜日に魚料理を食べるな」と言いたくなるような粗悪な店とは真逆の、本物の料理を追求する者たち。
そして、異国・東京での冒険のエピソードも興味深い。異文化の中で見える「料理」の意味がまた一つ、著者に深みを与えている。
本書を読み終えて
正直、途中で読むのをやめようかと思った瞬間もあった。薬物や盗み、暴力が平然と描かれ、まるでフィクションのように思えるエピソードも多かったからだ。
だが、読み進める理由は一つ。著者が料理を、そして料理を作ることを、心から愛しているのが伝わってくるからだ。
若い頃の後悔として「金ばかりを追っていた」と彼は語る。だが、その過程があったからこそ、料理の奥深さと喜びを再発見できたのだろう。
料理とは、人との関わりなしには成り立たない。厨房とは、ただの仕事場ではなく、社会の縮図のような場でもある。
怒号が飛び交う中でのチームワーク、リーダーシップ、そして一皿に込められた情熱。その全てが、この本のスパイスとなっている。
『キッチン・コンフィデンシャル』は、料理を愛するすべての人、そして「職業としての料理人」に興味がある人にとって、強烈で、そしてどこか懐かしい“味”のする一冊だ。
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